ユネスコ無形文化遺産 | 国指定重要無形民俗文化財

花輪ばやしの概要・歴史

花輪ばやしの由来

幸稲荷神社の祭礼は、古くからの花輪の人々の厚い信仰とともに「花輪祭礼」「稲荷神社祭典」「豊年祭り」「豊年花輪祭り」「花輪祭」など様々な呼称で綿々と引き継がれ、祭礼ではお囃子が奉納されてきました。

幸稲荷神社の祭礼で、お囃子がいつの頃から奉納されるようになったかは定かではありませんが、伝承されている曲のいくつかは江戸時代前期以前の古い時代から伝えられてきたと言われています。

花輪ばやしに関する最も古い記録は、江戸中期1765年(明和2年)の尾去沢銅山の休日に関する定め書に『花輪稲荷之祭礼』として残されています。
江戸時代の『南部藩家老席日記』や尾去沢銅山の管理に携わった役人の記録にも、その記録を見ることができます。

明治時代には、「本屋台」、「サギリ屋台」、そして時には武者などを飾った約10メートルもの「人形屋台」と様々な屋台が繰り出されて、屋台や舞台で芸者衆が芸を披露するなど賑やかさを増していきます。かつては大町・谷地田町・六日町の3町が屋台を繰り出していましたが、他の町内からも屋台が出されるようになりました。

谷地田町屋台(昭和4年)

六日町屋台(昭和36年)


昭和以降、花輪以外の地での演奏やラジオ放送の機会が生じ初めて、花輪のお囃子として花輪ばやしという呼称が生まれました。

戦後、県外での演奏も増え、お囃子としての花輪ばやしの名称は全国的なものになりました。

1977年(昭和52年)フランス、ニースのカーニバル公演に始まり、以後サンフランシスコのサクラまつりパレード、上海国際交流フェスティバル、ミネソタでのアメリカジャパンウィークと海外でも花輪ばやしは高い評価を受けました。

1978年(昭和53年)秋田県無形民俗文化財に指定。

2014年(平成26年)「花輪祭の屋台行事」として国重要無形民俗文化財に指定されました。

2016年(平成28年)12月1日に、「花輪祭の屋台行事」として、京都の祇園祭など全国33の行事と共に、日本の「山・鉾・屋台行事」としてユネスコの無形文化遺産への登録が決定しました。

H28年12月に行われた祝賀パレードの様子